8.32エンブレムの謎

8・32 エンブレムの謎

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8.32 エンブレムの謎

テーマ8.32のフロントグリルには「8.32」と表記されたエンブレムがあります。

前期型にはサイドスカートやリアに「 8.32 」とのエンブレムがありましたが、後期型にはフロントグリルにしかこの「8.32」はありません。

もともと「 8.32 」とは「 8気筒32バルブ (1気筒あたり4バルブ)」に由来しているのですが、8と3の間の「・」はいったい何なんでしょうか?

しかもエンブレムをよく見ると単純な中黒点ではなく、中央より若干下がってる場所に位置してます。

8.32でも8・32でもない??

これっていったい??


フェイズ2のエンブレム
こちらはフェイズ1のエンブレム
上部にトリコロールがあります


雑誌ではよく 「8.32 」 とピリオド(小数点?)で表記されることが多いですが、ランチア社の資料や広告などの公式と思われるものは全部この表記法で記載されています。

ピリオドでも中黒点でもない謎の表記法です。

点の位置も謎ですが、このような車名も結構珍しいですね、なぜすっきり ”テーマ 832” とはしなかったのでしょうか?

フェラーリだって3200cc8気筒を”328”とかしてるのに。


あれこれ意見を伺っていたらテーマオーナーズクラブのO氏より、長文なる考察を頂きました。

氏の許可を得ましたので、ここに掲載させていただきます。そしてこの考察文をもって謎の解決とさせていただきます。

ちなみにO氏はクラブでも有名なランチアフリークな方です。



● Lancia Thema 8・32 中黒の件

正直な話、自信はないのですが、でも、意見を求められるのならばやはりこれは中黒であるとお答えします。

では、なぜそのように考えるに至ったのかをご説明いたします。



皆さんも文章で何かを表現するときには、当然文字を使うわけですが、でも、これだけでは都合が悪いわけです。

読みにくいし、場合によっては書き手と読み手の間に齟齬が生じることすらある。

で、句読点だの、括弧だのといった、文字ではないけれど文章を書くときに必要な記号が生まれました。

それが、タイポグラフィで言うところの「 約物(やくもの) 」です。

本来、約物にはそれぞれの起源に由来する正しい使い方があって、そのルールを守る努力をすることが、相互理解のための一助になるわけです。

例えば、コロンとセミコロンでは、厳密に言えば本来的に科せられた役割は異なるのです。



ここで、本題である中黒について考えてみましょう。

英語をみても、イタリア語をみても、さらには我が日本語をみても、実は中黒というものは、どうやらそれほど古くから使われているものではないのではないか、というのが私の見解です。

なぜなら、中黒を使わなければ表現できないものって、それほど多くないだろうと感じたことから、そう想像するわけです。

例えば、実際に我々の生活の中で、中黒を使って表現するものには何があるでしょう?

まず、外来語の表記が挙げられます。例えるなら、「ランチア・テーマ」や「ヴィンチェンツォ・ランチア」の類いですね。

さらに、並列に位置付けられる幾つかの単語や文節を列記する場合にもよく使います。

「ランチア・フィアット・サーブ」や「アクセル・ブレーキ・クラッチ」などです。

ただし、後者の場合こうなったらどうでしょう?「ランチア・テーマ・フィアット・クロマ・サーブ 9000」これでは、なにがなんだかわかりませんから、通常ならこうするでしょう。

「ランチア・テーマ、フィアット・クロマ、サーブ 9000」でも、そうすると、同じ文章中にかかわらず、先の「アクセル・ブレーキ・クラッチ」がある場合、並列に位置する単語を列記するという、まったく同一の行為のために、中黒と句点、ふたつの異なる約物を使用するというチグハグが生じてしまうわけです。



さらに、前者の場合でも、日本に外来語が入って来た頃を振り返るなら、英語なりオランダ語なりを直接、耳にしてそれを文字に表現するということはなかったはずです。

例えば、「アイム・オンリー・スリーピング」とか、「アイム・ソー・タイアード」といった表記をする必要性は、一部の学術的な専門論文でもない限り、まったくなかったわけです。

なぜなら、そんなことを表記しても読み手の側に英語の素養がなければ、書き手の意図が伝わらないのは明白だからです。

それなら、初めから「寝てるだけです」とか「ひどく疲れました」とか書けばいいのです。

ただし、当時、唯一、表音の必要があったのが人名などの固有名詞です。

その際、姓と名の間などを分けるためにつかわれたのが、「=」でした。「ヴィットリオ=ヤーノ」といった具合です。

当然、まだ中黒という物が一般的になる前の話です。

しかし、「=」を使うのは日本だけのルールで、欧米ではイコールとしての意味を持つ記号(約物)であることは、皆さんも小学校1年生の時に習った通りです。

ただし、厳密に言えば、ここで取り上げた「=」は、算数で使うそれの半分の幅のものです。

つまり、半角ものの「=」というわけです。

ちなみに欧米の文章中では、当然、姓と名を分ける必要はありませんが、通常の場合、人名部分はイタリック体(斜体)にする対応をします。

こういった経緯から想像されるように、中黒が日常の文章中に必要とされるようになったのは、ごく最近のことではないかと推測されるわけです。

少々、乱暴なのですが、同様に英語やイタリア語でも中黒はそれほど歴史の長い約物ではないのではないかと思っています。

なにしろ、英語で中黒を使っているのを見たことは記憶にありませんし、手元にある「 QUATTRORUOTE 」誌や「 Auto Capital 」誌といったイタリアの自動車雑誌の記事を見ていても、全くといっていいくらい発見できません。

つまり、本来なら中黒がなくてもそれほどの痛痒を感じることなく文章表現はできる筈なのです。

つまり、中黒は、正式にはその使用方法が、まだハッキリとは定まっていない約物と言えるのではないでしょうか。



しかし、最近の日本語を例にとってもわかるように、元来存在しない筈の「!」や「?」を多用したり、横書きが主流になりつつある現在、さらに「:」や「/」といった約物を使用すること自体がもはや珍しいことではなくなりました。

つまり、言語の境界線が曖昧になってきているわけで、これも一種のボーダーレス化といえるのでしょう。

そのうえ、正式な文章とコマーシャル・ベースの文章の境界線もなくなり、文章で表現するものの中にも、ある程度グラフィカルな要素が求められるという時代性も影響を及ぼしていると考えられます。

例えば、漫画や劇画などが広く浸透した結果、オノマトペとよばれる擬音語や擬態語のバリエーションは留まるところを知りませんし、さらに個性を演出する意味で、一般の人間が文章を書くときですら、その文体のみならず、文字の形を極端に変型させたり(丸文字など)といったことも、当たり前のように行われるようになりました。

そこでは、本来なら慎まなければならないとされる表記方法も加速度的に使用頻度が増え、いつのまにか、それが当たり前の使い方になってしまうことに対して、もはや誰も歯止めをかけることはできないのです。

これは、程度の差こそあれ、日本だけに限らず、世界的に共通して起きている現象と言っていいと思います。

もちろん、こういった流れが一概に悪いと言っているわけでは決してありません。

「言葉は生きている」とよく言われますが、日本の国語審議会がいくら「正しい日本語」とやらを定めたところで、現実的には、まったく違ったところで、刻一刻と日本語は変化を遂げているのが実情なわけです。



またまた話はそれますが、その昔、私がまだ学生の頃に(何年前だ?)、日本インダストリアル・デザイン協会の会長を務めておられた羽原粛郎氏にお会いした際、かつて氏がそのひな形をデザインされたというカー・グラフィック」誌の組み版について、

「テクニカル・タームとしての外来語やデータとして小数点を含む数字が多く出てくる本文組なのに、その文末に本来使われるべき『。』のかわりに、『 . 』を使うのは紛らわしいこと甚だしい」との指摘をしたことがあります。

今になって思うと、よくもまぁ、タイポグラフィの大家に向かって、そんな生意気な口が利けたと、我ながら冷や汗ものですが、このカー・グラフィックの悪癖は今でも是正されていませんし、私自身、今だに読み難いと感じる処も変わっていません。

かの「権威ある」とされる同誌ですら、ここら辺は基本に忠実とはいかないのですから、その他の雑誌は推して知るべし、といったところでしょう。



さて、話をもとに戻して、そろそろまとめることにいたしましょう。

以上、これらの点をふまえて考察すると、以下のような結論となります。8・32の「点」について、私個人の意見としては、これは中黒であると思っています。

その論拠としては、ピリオドの位置ではない位置にあるからという、いたって消極的なものです。

当然、ピリオドとは、8や3や2といった数字の下のライン(これを「ベース・ライン」と呼びます。)に合わせて打たれる点であるため、8・32のエンブレム等で見られる点の位置とは異なります。

現代ではどんなものに関しても、それをデザインする人が存在しています。

これは高度にデジタル化された書体設計の世界においても、すべからく同様です。

欧文書体の場合を考えた場合のポイントは、大文字と小文字が存在している点です。

さらに加えて、同じデザインで数字も存在しています。

この時、殆どの書体において、数字の高さはその書体の大文字の書体の高さ(「キャップ・ライン」と言われる、大文字の上端の高さにある水平線)と同じ高さに合わせて設計されています。

この伝でいくと、8・32 のエンブレムにある点の高さは、確かに数字の中に配されているせいで、なんとなく一般に中黒と言われているものよりも低めに感じますが、これを小文字と一緒に文字組をした場合を想像すると、これはこれで中黒として自然な高さになるのではないでしょうか?



この、8・32 のエンブレムの書体は、同じ「セリフ(例えば、A という文字の両足の下端にある三角形の部分のこと)」を持つ書体の中でもクラシカルな骨格を持つ「Goudy」と呼ばれ書体が使われています。

しかし、その書体の清刷り(モンセン等)を調べてみると、そこには書体が設計された時点では存在しなかったであろう中黒の姿は、当然盛り込まれていません。

おそらくイタリアでも、中黒を使うことは通常、滅多にないことなのだと思います。

その意味でも、8・32 の「点」は色々なところで混乱を招いたのではないでしょうか?10年前と言えば、もうすでに電算写植機が実用化されていましたから、雑誌の本文などは全てデジタル・フォントが当たり前になっていました。

とはいえ、現在に比べれば、まだまだ未熟な技術だったわけで、おそらく、いかにイタリアといえども、それほど多くの書体が揃っていたわけではなさそうですし、特に、中黒のような特殊な約物は、フォントの中に揃っていたかどうかは疑問です。

まったくなかったとは言いませんが、おそらく制御の問題で、面倒があったのではないかと想像しています。その結果、ピリオドで代用させてしまうことが優先される状況だったのではないでしょうか。



**参考までに、各媒体による対応をまとめてみました。**

 [ 雑誌 etc. ]

 伊 QUATTRORUOTE 誌 − ピリオド
 伊 Auto Capital 誌 − ピリオド
 伊 AUTO & DESIGN 誌 − ピリオド
 仏 AUTOMOBIL CLASSIQUE 誌 − ハイフン
 仏 l'atuo-journal 誌 − ピリオド
 英 ATUOCAR 誌 − ピリオド
 日 CAR GRAPHIC 誌 − 中黒
 日 CAR MAGAZINE 誌 − 中黒
 スイス AUTOMOBIL REVUE 誌 − ピリオド

 [ ランチア社オフィシャル印刷物 ]

 伊 フェイズ1 カタログ (表紙/本文) − 中黒
 伊 フェイズ2 カタログ (表紙/本文) − 中黒
 伊 オーナーズ・マニュアル(英語)(表紙) − 中黒
         同       (本文) − ピリオド
 伊 THE PHILOSOPHY OF INNOVATION − ピリオド
 伊 THE HISTORY FO LANCIA 1906-1989 − ピリオド
 独 フェイズ1 カタログ(表紙) − 中黒
         同      (本文) − ピリオド
 日 フェイズ2 カタログ(ガレ伊太) − ピリオド
 日 フェイズ2 カタログ(オートザム) − 中黒

 [ その他の書籍 etc. ]

 伊 AUTOMOBILIA LANCIA THEMA 8.32 − ピリオド
 伊 AUTOMOBILIA La Collection ・ LANCIA THEMA・ − ピリオド
 伊 TUTTE LE LANCIA 1907-1993 − ピリオド



さて、こうしてまとめてみて、意外なことが判明しました。

本来、統一されているべきランチア社の手による正規刊行物のなかでも、中黒とピリオドが混在している点です。

これは、カタログのように販促ツールとして、イメージの統一が非常に重要なものと、それ以外の印刷物(特に本文)における表記とでは、その管理の度合いに温度差があるためです。

この差があるのは、ある意味では致し方のないところでしょう。

特に、ドイツで配られたフェイズ1のカタログに関して述べると、表紙に中黒が使われているのは当然としても、中味の本文では、組み版を全てドイツ語に打ち直しているせいか、こちらではピリオドで代用させています。

また、注目すべきはオートザムの作ったフェイズ2のカタログで、こちらはきちんと中黒になっています。

以前、オートザム・ソシオ世田谷の原店長に伺った話では、このカタログを作ったアート・ディレクターが、相当な クルマ好きだったということで、ここら辺にもかなりこだわっていたというお話を伺ったことがありますが、これはその証左とも言えますね。



ということで、これで私の考察を終らせていただきます。

長々と駄文におつき合い戴きまして、感謝いたします。

例によって、仮説に負うところが多い考察なので、信憑性は「?」ですがこんなところでいかがでしょうか?

結論については賛否両論あると思いますが、まぁ、無責任なようですけど、そんな考え方もあるのか、ぐらいに思っていただければ有り難いです。

あくまでも、これが正しいと言い切ってるわけではないです。



最後に白状してしまいますが、この中黒のことは話題になるまで私自身、まったく気にも留めていなかったというのが正直なところです。

また、一気呵成に書き上げましたので、場合によっては大きな落とし穴が潜んでいるかも知れないと、内心ビクビクしております。

その場合、ご指摘いただければ助かります。



しっかし、イタリアで 8・32 に乗ってる人たちは、遥か彼方の極東の地でこないなコマイことで騒いでるなんて、想像だにしていなかろうて。ファッ、ファッ、ファッ。



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